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水谷幹治

PERSONA GRATA
〈本日の一曲〉
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    〈本日の一曲〉

    "時をかける少女 / 原田知世"

    先程アニメ版を観た。

    オジサンにはこっちが、

    いい…

    https://youtu.be/XROXHByZT1Q
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    オススメ
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      一昨日、昨日と1984 年のドラマを取り上げた訳ですがついでに今日もいっちゃいます。

      ”ビートたけしの学問ノススメ”



      『ビートたけしの学問ノススメ』(ビートたけしのがくもんノススメ)は、1984年7月12日から同年9月27日まで木曜20時台にTBS系列局(琉球放送を除く[1])およびテレビ山口(放送当時フジテレビ系列とのクロスネット局)、南海放送(日本テレビ系列[2])で放送された、ビートたけし扮する中学校教諭が主人公の学園ドラマ。全12話。


      アタシが高3の夏休みにやっていたドラマでとにかくバカなドラマで大好きでしたねぇ〜

      当時はスチュワーデス物語、不良少女とよばれて、 スクールウォーズと言った大映ドラマ最盛期。

      アタシはあの暑苦しい青春学園ものドラマが苦手で苦手で… その点、学問ノススメは同じ学園ものでも全然違いました。

      まあ、ビートたけしの全盛期と言えるんじゃないでしょうか。

      かなりオススメです。

      しかし、あの頃のたけしは、

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      いい…
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      やっぱり高校は出た方が…
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        昨日は、1984 年のドラマ

        "昨日、悲別で"

        を取り上げましたが本日は、

        "中卒、東大一直線もう高校はいらない!"

        を。

        このドラマも 昨日、悲別でと同じ1984 年に放送されていて当時よく見ていました。

        内容は、


        中学校の管理教育に失望して、実子を高校に通わせず、大学入学資格検定合格後の大学入学を勧めた磯村懋の手記を元にしたストーリー。テレビドラマ版では、姓を磯田に変え、菅原文太が塾経営者を演じ、妻役を由紀さおり、2人の長男である磯田少年役を坂上忍が演じる。

        中学時代の学年主任・担任(長塚京三)は、入学式の日から制服を着用しなかった磯田(坂上忍)に、時に私情を交えて厳しく冷たくあたった。磯田は高校進学をせずに大学受験という進路選択をする。中学卒業後、磯田は妹の父兄面談に中学に出向き、かつての中学担任と「再会」。更に磯田が大検に合格したと聞いた中学担任の心は、管理教育・エリート主義から、少しずつ変わっていく。

        最終回は、大学入試の結果発表会場で再会した磯田と中学担任が和解するシーンで締め括られる。

        また、工藤静香のドラマデビュー作でもある。


        といったもので当時の世情をあらわしていました。

        まあ、アタシは主題歌だったTHE MODSの "バラッドをお前に" が目当てだったんですがね。

        後、ヒロイン役だった有森也実も!

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        一昨日、日本映画専門チャンネルで
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          懐かしいドラマを見た。

          "昨日、悲別で"

          1984年に放送されていたドラマで内容は、


          夢を追いかけて東京に出た若者と、故郷に残って地元で働く若者の心の交流を描いたストーリー。物語の舞台は、東京、北海道・悲別町(上砂川町がモデルの架空の町)。天宮良の主演デビュー作である。


          当時アタシは高校生。なんかリアルタイムなストーリーに感じて結構好きでした。

          その "昨日、悲別で"

          一昨日、たまたま着けた日本映画専門チャンネルで放送されていました。

          あまり再放送しないのか本放送以来34年ぶりに見ましたが懐かしかったですねぇ。

          しかし、この頃の石田えり、


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          いい…
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          Go For Broke !
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            この訃報は驚きました。


            [デイリースポーツ]

            プロレスラーのマサ斎藤さん(本名・斎藤昌典)が14日午前1時5分に死去したと、健介オフィスが16日、発表した。長年パーキンソン病で闘病していた。75歳だった。

             妻の斎藤倫子さんの名義で死去の報告がなされている。パーキンソン病のリハビリ中に容体が急変したといい「7月14日1時5分に永眠しました。穏やかながらも、新たなチャレンジへ向かう様なマサ斎藤らしい力強い旅立ちでした」とつづられている。

             「夫 マサ斎藤は長期に渡り、パーキンソン病と闘い続けて来ました。17年にもわたる闘病生活は、“Go For Broke(当たって砕けろ!)”をモットーに掲げる彼にしても、想像を絶するほど辛く厳しいものでした」と闘病生活も振り返った。来年に「カムバックのチャンスも出て来ました」という中、状況が悪化したという。

             マサ斎藤さんは、東京五輪レスリング97キロ級代表。65年、日本プロでデビューしたが、翌年東京プロレスに移籍。東プロの崩壊後は渡米して腕を磨き、フリーで活躍した。72年に日プロ復帰、74年から新日本に参戦した。

             長いキャリアのハイライトは87年、「昭和巌流島の決闘」と呼ばれたアントニオ猪木とのデスマッチだった。無観客で行われた何もかも異例の一戦は2時間5分14秒に及ぶ死闘の末、裸絞めに沈んだ。85年に米国で警官暴行事件に絡んで服役したことを受け、後に「監獄固め」を開発した。

             1999年に引退した後もプロレス界と関わりを持ち続けていたが、体調不良も知られるようになっていた。解説者としても実況アナとの掛け合いでプロレスファンを楽しませていた。




            小柄ながら鍛え上げたマッチョボディーで日本、全米を股にかけて活躍していました。

            ラフでタフな男に合掌…

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