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水谷幹治

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2年越しの戦い
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    nomura-katsuya-baseball-coach.jpg
    名捕手であり名監督であった野村克也氏の死は球界はじめ各界に衝撃を与えています。

    年代的にアタシにとって野村克也氏はプレイヤーというよりも監督としてのイメージが強い訳ですが、

    その野村監督の試合で一番印象に残っているのが1992年の日本シリーズ、ヤクルト対西武の第1戦です。

    3ー3の同点でむかえた延長12回裏、1アウト満塁の場面で野村監督が代打に送ったのはベテラン杉浦。

    この年成績不振だった不惑の杉浦は今シリーズで現役引退を決めていました。

    必殺仕事人Vのテーマで打席に向う杉浦。マウンドには西武守護神鹿取。初球ストライク、次もストライク。たった2球で追い込まれた杉浦。

    3球目は真ん中近くの甘い球、鋭く振り抜いた杉浦の打球は彼独特の弾丸ライナーでライトスタンドに突き刺さりました。日本シリーズ初の代打満塁サヨナラホームラン!

    当時常勝軍団だった西武を打ち砕く一撃でした。

    そして、このシリーズ全ての試合が接戦となり結果は4勝3負で西武が優勝。しかしあの西武森監督をして今までで一番苦しかったと言わしめたシリーズとなりました。

    そしてそして翌1993年の日本シリーズも森西武対野村ヤクルトとなり今度はヤクルトが4勝3負で優勝。

    野村ID野球が花開いた瞬間でした。

    結局2年続けて行われた野村ヤクルト対森西武の日本シリーズは7勝7負でドロー。

    野村監督と森監督、名捕手出身監督同士が争ったこの2年の日本シリーズはアタシにとってベストの日本シリーズです。

    そして野村監督が "名将 "と呼ばれるきっかけとなったのが1992年の初戦、杉浦の代打サヨナラ満塁ホームランからだと思います。

    名将 野村克也監督の御冥福をお祈りいたします。

    sugiura2019042601.jpg
    杉浦の代打満塁サヨナラホームラン。
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