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水谷幹治

PERSONA GRATA
クルマ特集
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    結果的に今週はクルマ特集となってしまいましたがせっかくなので本日もいきます。

    現在、北米では80年代から90年代の日本車、とくに4WDとハイパフォーマンスカーが大人気です。プレステのグランツーリスモシリーズや映画ワイルドスピードシリーズの影響が大きいみたいですね。

    また、アメリカなら25年ルール、カナダなら15年ルールと言うクラシックカー指定ルールがあり、元来アメリカやカナダでは乗れない右ハンドル車や衝突安全性にひっかかるクルマもその年数を過ぎればクラシックカーとして乗れるようになります。

    "クラシックカー" と言っても元々日本車は性能やアフターサービスがよく、しかも車検制度や日本人の国民性もあり中古車の状態が特上であり25年経っても一級品です。(米人にとって)

    こう言う現象を "JDM" (ジャパニーズドメスティックマーケット)と言い元来日本独自の市場を表していた言葉が現在の80年代から90年代の日本車ブームを自体表しています。

    現在の北米におけるJDMはハイソカーブーム、その後のバブル景気を背景とした各メーカーのハイパワーハイパフォーマンス競争がベースとして生まれたクルマ達です。

    日本では老兵扱いされているあの時代のクルマ達、クルマの本場ではまだまだ現役なんです。

    そして今、日本のクルマ好きが集まると80年代から90年代にかけての日本車が話題に上ることが良くあります。

    それはリアタイムだったアタシ達アラフィフだけでは無く当時を知らない若いクルマ好きもです。

    以前、若いクルマ好きと話をしていたときに言っていましたが『 "あの頃" のクルマにリアルタイムで乗ってみたかったです。』と。

    何故かと聞いたら彼はこう答えました。『モデルチェンジの度に性能が上がって新しい機能がついてくるってワクワクしません?』と。

    確かにワクワクしましたねえ。それが当たり前だと思っていたので当時はあまり感じなかったんですが言われたらそうです。

    「スクープ!次の○○はミッドシップ4WDだ!」

    なんてホリデーオートのとばし記事にワクワクしましたねえ〜

    今日は7月3日、そろそろ七夕です。またいつか、そんな時代が来るように星に願いをこめてクルマ特集を終わりにしたいと思います。 ホナマタイツカ。



    添付写真は "あの頃" のクルマで一番好きなFDセブン。(1991−2002)
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    奇跡のクルマ
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      116603__1_.jpg
      昨日はハイソカーブーム後の日産の901運動、R32スカイラインについて書きましたが本日はその他のクルマについてです。

      ハイソカー戦争に敗れた日産は901運動で逆襲に出ました。そしてスカイライン、GT−Rは世界的スポーツカーとなります。

      また同じく日産スポーツの象徴、フェアレディZはZ32型となり当時国内最強のエンジン、VG30DETTを搭載、このV型6気筒DOHCツインターボエンジンは最高出力280馬力を誇りました。

      そしてこの280馬力が運輸省(当時)の "強い" 通達により国産車の最高出力となります。(一様メーカーの自主規制です)

      このZ32フェアレディはハイパワーと共にそのデザインも注目され今でも "最もカッコイイZ" として人気があります。

      そして、ホンダの逆襲はスーパースポーツ、NS−Xです。1990年発売、新車価格800万円、ライバルはフェラーリ348のこのクルマは発表と同時に注文が殺到し納車2年待ちと言われました。

      実際、NS−Xは素晴らしい出来栄えでミッドシップに積まれたV6はホンダミュージックと共に回り続け加速して行きます。また、運動性能と同時に居住性、積載性も高くライバルフェラーリの今後の方向性を左右しました。

      その他メーカーも三菱はGTOやランエボ、スバルはレガシィとインプレッサ、マツダはRX-7にロードスターとハイソカーブーム後、バブルの波に乗ったクルマ達が現れました。

      その中でも "バブルの象徴" と言えるクルマがマツダのユーノスコスモです。

      1990年、マツダがユーノスチャンネルから発売したコスモはマツダ車最高峰の大型2ドアクーペでその美しいデザイン、豪華なレザーとウッドの内装、そしてスムーズにどこまでも回るエンジンで人々を魅了しました。

      また装備としてはGPSインフォメーションシステムが世界で初めて搭載され話題になりました。今では当たり前のGPSディスプレイですが30年前からコスモにはありました。

      そして同じく世界初だったのがマツダ自慢の3ロータリーエンジンです。

      ロータリーエンジン自体がマツダだけのエンジンですし3ロータリーはコスモが唯一、つまり過去もそしておそらく今後も世界で唯一の3ロータリーエンジン搭載車がユーノスコスモなんです。

      ロータリーエンジンとは従来のレシプロエンジンがピストン運動で動力しているのとは違い、オーバルなエンジンルームをおにぎり型のローターが回転する事により出力を得ています。

      ピストン運動と違い回転運動ですからエンジンは遠心力と共にスムーズどこまでも回ります。

      この20B型3ロータリーエンジンはまるでV12エンジンのようにスムーズに滑らかに回ると言われ大絶賛されます。しかしその快楽の裏側には…

      ロータリーエンジンの欠点は燃費性能です。

      この20Bエンジンのカタログ燃費は6.1キロとなっていましたが、高速道路でリッター4キロほど、街中では2キロくらい。渋滞だと燃費1.5キロとかでした。

      リッター1.5キロって今だったら燃費の良い装甲車です。

      いくらバブル期とはいえこの燃費性能は厳しく、また販売価格は500万円オーバーとスカイラインGT−Rより高価だった為に1995年に生産終了、1996年には全ての在庫を売り切りユーノスコスモは姿を消します。

      しかし、その美しいエクステリアデザインにインテリア、そしていい意味でもわるい意味でも超絶な3ローターエンジンを愛する人は多く一部ではユーノスコスモしか乗らないって人もいます。

      一般にはあまり知られていないユーノスコスモ。その存在はバブル期ニッポンが産んだ奇跡のクルマだったのかも知れません。

      IMG_20200702_170354.jpg
      リアビュー。

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      贅沢な内装。

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      伝説の3ロータリー。
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      901運動
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        20190418_2727541.jpg
        昨日取り上げたハイソカーブームですがピックアップしたクルマは全てトヨタ車でした。

        ではその他のメーカー、特に当時ライバルで熾烈なシェア争いをしていた日産はどうだったのかと言いますと、日産はじめ全てのメーカーはトヨタに敗れ去ったと言って過言では無いと思います。

        実際に当時の販売台数を見ると、X70系マーク僑碍残錣枠稜笋気譴殖看間の総販売台数が115万台、月平均2万4000台です。この数は一昨年一番売れたプリウスの倍です。

        高級車がプリウスの倍も売れたんです。しかもトヨタ最高級車のクラウンは1988年の年間販売台数で4位と信じられない位置につけています。

        そんな "最強" トヨタに一矢をとライバルメーカーは反撃の手を打ちます。特に日産は "901運動" と言われる作戦に出たのです。

        901運動とは、『1990年代に世界一のクルマを作ろう』と言ったものでした。

        トヨタとのハイソカー戦争に敗れた日産でしたが時はバブル、開発予算は存分にあります。そして始めた901運動、そのプロジェクトの対象車種が、

        R32スカイライン、Z32フェアレディZ、P10プリメーラ、インフィニティQ45の4台。

        特にスカイラインは素晴らしい結果を残します。

        "スカイライン"

        日産スポーツカー史の象徴であり日産レース史の象徴でもあります。

        そんなスカイラインが勢いをなくしたのがR31スカイライン、"通称7th スカイライン" の時代です。

        R31スカイラインが発売されたのが1985年8月、ハイソカーブーム真っ只中。日産はスカイラインを高級志向に持って行こうとしました。

        しかし、スカイラインは日産スポーツの象徴、セダンボディーでスーパースポーツに立ち向かう誇り高き戦士です。当然ユーザーもそんなスカイラインが好きでした。

        なのにR31スカイラインは発売当初スポーツタイプはラインナップに無くボディーは大型化、新開発の直6RBエンジンは鈍重、話題のサスペンションHICASは思い通りに曲がってくれません。

        古くからのスカイラインファンはそっぽを向き、若者はトヨタハイソカー軍団に夢中。当然スカイラインの売り上げは落ちハイソカー戦争に惨敗。

        そこで901運動の名のもとに開発されたのがR32スカイラインでした。R31スカイライン開発の最後の最後に開発主管となった伊藤修令は燃えてました。

        開発主管となったとは言えR31スカイラインに関しては新車発表の時。実質何もしていません。そのR31スカイラインの失敗の全てを被った伊藤はR32スカイラインを本物のスポーツカーにするべく突き進みます。

        大きくなったボディーを "スカイライン" として極限まで小型化、回らないRBエンジンを曲がらないHICASを改良し1989年5月に発売したのがR32スカイラインでした。

        R32スカイラインは『本来のスカイラインだ』と発売と共に大絶賛。セダンボディーに高性能エンジン、"羊の革をかぶった狼" の復活です。

        そして1989年8月、日産は伊藤は最後の一手を放ちます。当初ラインナップになかった2ドアクーペの追加発表、そして伝説のGT−Rが16年ぶりに復活します。

        復活したGT−Rはすぐさまレースに投入され連戦連勝。ベンツもBMWもあのポルシェ、フェラーリも蹴散らします。

        このR32での "スカイラインGT−R" 復活が今の "ニッサンGT−R" に繋がっているのです。

        現在、"ニッサンGT−R" は日産の象徴として世界中で愛されています。ハイソカー戦争に惨敗した日産はスカイラインは901運動と共に復活、そして1990年代の "ニッポンのスポーツカー" の時代に突入して行くのです。









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        こちらは "R" では無いスカイラインGTS。このクルマも素晴らしい。

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        こちらは幻の4ドアGT−R。
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        High society car
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          昨日取り上げたY31系レパード、その中で

          『当時は"ハイソカーブーム"だった。』

          と書きました。

          今の若い人には全くわからないと思いますので本日はその

          "ハイソカー"

          なるものを取り上げたいと思います。


          まず、ハイソカーとはハイソサエティカー (今のセレブカー) の略で、始まりは1981年発売の初代ソアラ、通称 イチマル ソアラです。

          ただ、この初代ソアラは2ドアクーペボディーに大排気量(当時)の2800cc 、価格は350万円と非常に贅沢である意味本当のセレブカー(ハイソカー)でした。

          ですからブームまでにはいたっていません。

          本当にブームになったのは1984年8月にフルモデルチェンジしたトヨタではクラウンに次ぐ車格のマーク僑碍残錣らでした。

          この時に設定されたスーパーホワイト兇噺世Ε椒妊ーカラーが鮮烈でした。初代ソアラに設定されていたスーパーホワイトをより白くし、まさに純白のクルマです。

          内装はバーガンディでシートも同色のモケットと華やか。(ちょっと地方のキャバレーぽいが…)

          ボディー形状はピラーレスと言うドア支柱の無い4ドアハードトップ。(セダンと違いちょっとスポーティ=若々しい)

          2000cc エンジンにグランデ、アバンテ、スーパールーセントと言う各車の最上級グレード。


          これが当時のハイソカーの中心核です。


          今ハイソカーとして取り上げられているいくつかのクルマがありますが、

          リアルタイムで体験した限りでは上記の3兄弟と、別枠に クラウン2.0ロイヤルサルーンスーパーチャージャーのスーパーホワイト供▲愁▲蕋.0GTツインターボLのスーパーホワイト供

          そしてハイソカーの頂点としてソアラの3.0GTリミテッドのクリスタルホワイトトーニング II、通称パールホワイトツートーンがハイソカーです。

          同じクラウンでも最高峰の3.0ロイヤルサルーンGはハイソカーではなかったです。

          当時クラウン3.0ロイヤルサルーンGは実質的に日本の最高級車で車格的にハイソカーより上でした。

          そして、ソアラの3.0GTリミテッドはクラウンとほぼ同じか少し下の車格でしたが2ドアクーペの分だけパーソナル要素が強くハイソカーの頂点と言った感じでした。

          ちなみにその場合のボディーカラーはスーパーホワイト兇任鰐気、3.0GTリミテッド専用カラーのクリスタルホワイトトーニング IIが当てはまります。


          こうやって80年代のハイソカーブームを振り返ると、戦後復興からモーターリゼーション、オイルショックを乗り越えた日本人とクルマの歴史のひとつの終着点だった気がします。

          ハイソカーブームにのったのはなにも若者ばかりではありませんでした。好景気で余裕が出来たお父さん達もバーガンディの否、ワインレッドのシートに身を沈めたんです。

          あの、ハイソサエティなクルマ達は戦後頑張ったお父さん達のちょっとだけ贅沢な自分へのプレゼントだったのかも知れないですね…



          grande_3 (1).jpg
          マーク競哀薀鵐任瞭眩。
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          770万のレパード
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            nissan_leopard_1986_wallpapers_1_1600x1200.jpg
            ちょっと面白い記事でした。

            《F31こと、2代目日産レパードの中古車相場が今、ちょっと凄いことになっている。 約30年も前の国産車の場合、普通であれば「5万円」とか「10万円」ぐらいの中古車もゴロゴロしているものだが、2代目レパードの場合は最安でも約80万円であり、最高価格はなんと770万円(※2020年6月下旬現在)》

            【ベストカーWEB】


            クルマに興味ない方にはサッパリの記事でしょうが、クルマ好きのアラフィフにはニヤリとする記事なんです。

            この2代目レパードは "あぶない刑事" のタカとユージの愛車?で一部マニアにはずっと人気があるクルマなんです。

            1980年代後半、時代はバブル最盛期。当時の若者に絶大な人気を誇ったのがトヨタソアラ。

            直6、3000DOHCエンジンに2ドアクーペの流麗なボディ、当時の販売価格は450万円、今の感覚だと7、8百万円て感じでしょうか?そんなクルマがばんばん売れてました。

            そのソアラの唯一にして最大のライバルが日産レパードでした。

            ソアラの直6に対して日産お得意のV6、3000DOHCエンジン、流麗な2ドアクーペボディも負けていません。販売価格は350万円。同じような性能で100万円も安かったにも関わらず売れ行きは惨敗でした。

            何故、レパードは惨敗したか?

            それはトヨタと日産の販売戦略の差ではなかったかと思います。

            当時はいわゆる、ハイソカーブーム。トヨタマーク僑碍残錣筌愁▲蕁△修靴萄嚢睚クラウンが大人気。イメージカラーはホワイト。白い高級車が人気だったんです。

            そしてソアラのイメージカラーは新色のパールホワイト。しかもツートーンカラーでした。このなんとも言えない光沢を放つホワイトは高級に見えましたねえ。

            それに対してレパードのイメージカラーはゴールド。確かに高級カラーなんですがいかにも成金趣味的でしたねえ。それを日産も反省したのか1988年のマイナーチェンジ時にはダークネイビーをイメージカラーにしましたがとき既に遅しで "白い高級車" の壁は崩せませんでした。

            しかし、今現在は巷に溢れたパールホワイトツートーンのソアラは二束三文、方やあまり売れなかったダークネイビーやゴールドのレパードはとんでもない価格がついています。

            あの頃、ソアラに憧れたのは大学生や高校卒業後すぐの社会人、その先にはBMWやベンツが待っています。

            方やレパードに憧れていたのは "あぶ刑事" にハマっていた中高生が中心で "その次" のクルマは想像の他でした。

            そして、ユージ駆る港303に憧れた少年がアラフォー アラフィフになり、今、あのレパードがどうしても欲しいとなっているみたいです。

            わかります。

            上記のベストカーの記事ではF31レパードの専門店! 社長のインタビューが載っています。

            曰く、

            『たまに中古相場が跳ね上がる時がある。調べてみると必ずどこか地方であぶ刑事の再放送をやっているだよ。』

            と。

            今、日本映画専門チャンネルではあぶない刑事特集をやっています。

            三ヶ月で映画全シリーズを放送する内容です。

            またまたレパードの相場は跳ね上がるんでしょうか?

            2016年に公開された映画シリーズ最終章、『さらばあぶない刑事』ではゴールドのF31レパード、港303が復活しました。往年のファンには感涙ものです。

            あぶない刑事とレパード、ドラマとクルマの関係のもっともあぶない、じゃなく最も美しい姿のように感じますねえ。

            nissan_leopard_1988_photos_1_800x600 (1).jpg
            マイナーチェンジしたレパード。イメージカラーはダークネイビー。

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            パールホワイトツートーンのソアラ。

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            考え得る全てのレストアを終えた33年前のレパード。770万円也。
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